◇春の午後と回想
春風がそよぐ中庭のテラス席。
昼休みとはいえ、まだ早めの時間とあって、人影はまばらだった。
葵とシズクは、並んで座っていた。
トレイの上には、スープとサンドイッチ。シズクは静かに食事を進めている。
葵は手を止め、ぼんやりと空を見上げていた。
「葵さん」
シズクが、ふと口を開いた。
「昨日一緒だった人は、名前はなんていうんですか?」
「友達の藤原健人(ふじわら・けんと)だよ。理工の同期」
「……あの人、嫌いです」
葵は思わず吹き出しそうになった。 「おいおい、なんでさ」
「葵さんに馴れ馴れしすぎます」
「まあまあ、その藤原の彼女が野村千歳(のむら・ちとせ)さん。
その野村さんの友達の雨宮美咲(あまみや・みさき)さん。
だから、4人でよく会ってたんだ」
シズクは少しだけ視線を落とし、ぽつりと呟いた。
「それで、久しぶりって言ってたんですね」
「……ああ」
「どんな人ですか?」
葵は少しだけ考えてから答えた。 「真面目な人で……話が合うっていうか……」
「好きなんですね」
「いやっ」
反射的に首を振った。
「違うんですか」
シズクは、淡々と問いを重ねる。 「見てたらわかります」
葵は、小さく息をついた。 「……でも、ただの片思いだし」
(……あのとき、美咲に何も言えなかったのは──
俺自身が、答えを出せてなかったからだ)
(言ってしまえば、きっと変わっていた。でも……)
テーブルの上に置かれたサンドイッチ。
その包装を、無言でほどく音だけが、しばらく風に揺れていた。
(……シズクって、なんでも見通せるんだよな)